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ミニマリストとスマホ依存

突然ですが私は、たくさんいるスマホ依存症のうちの一人であると思っています。

世の中はスマホが中心。スマホありきの世界。それ故の、まさに現代病。

そして、今日まで流行りのミニマリストブームも深く関係しているのではないか、と思わざるを得ない経験がたくさんあり、その辺を絡めながらすこし「ミニマリストとスマホ依存」というテーマで考えてみたいと思います。

目次

ミニマリストについて考える

まず、ミニマリストという言葉の定義について、AIさんに聞いてみました。

ミニマリストとは

必要最低限の物だけで生活するライフスタイルを実践している人のことです。ただ物を捨てるだけではなく、自分にとって必要な物や心地よい物を見つめ直し、それ以外の物を手放すことで自由な時間を手に入れて、心の豊かさを得るライフスタイルです。

かくいうこのわたくしも、あまり多くの持ち物を持つことが好きではなく、この「ミニマリスト」というライフスタイルに憧れを持つと同時に、様々な方のミニマリスト情報を参考にモノを減らして身軽になることを目指していました。

モノをミニマルにして、使いやすくなったのか?

家や部屋にある不要なものだったり、着なくなった洋服だったり、そういったものの定期的な取捨選択もしくは断捨離はある程度必要なことだと思うし、私もやっています。メルカリで売ったりとかも、やってますよ。

私が問題に思うのは、普段の行動における持ち物について、です。

自分と持ち物との関係性

いろいろと試行錯誤したんですよね。

バッグを小さくすれば、それに入るものしか入れられない。だからそれに準じたサイズへ、必要なものたちを小さくしていく。

  • 例えばメイクパレットを使ってメイク用品を小さくまとめたり。
    • 超絶使いづらかったし、小さくできるアイテムには限界がある
  • 財布をなるべく小さいものにしてみたり。
    • お札の枚数やコインが多くなってしまった場合に、財布が閉まらない
  • スマホ充電器の小さいサイズを探してみたり。
    • そこまで充電がピンチになる機会がないので、これは小さいもので十分だった
  • ハンカチを薄くて小さめのものにしてみたり。
    • いつも使っているタオルハンカチのほうが全然使いやすかった
  • 軽量な折り畳み傘を探してみたり。
    • リュックやトートバッグには入るので、その場合には重宝している(ポーチのようなバッグにはさすがに入らない)

小さいものでも使いやすいものもあれば、小さくしたことで超絶使いづらくなったものありました。
また、上記以外にももっと試行錯誤したものもありますし、スマホに集約してしまったものもあります

そして、本末転倒になってしまう出来事もありました。

出先で購入したものがバッグに入らなくて、そんなに大きなものでなくても手で持っていなければならなかったり、ビニール袋やエコバッグに入れて持ち歩かなければならなかったり。結局、手持ちバッグにあわせてビニール袋を別で持つハメに。

スマホしかなければ、スマホしか見ないのは当たり前!

ものを少なくすると、多分多くの方が行きつくのが、

  • 財布
  • カギ
  • スマホ

この三つが外出時における最低限必要案ものとして落ち着きますよね。

中でもスマホ決済派は少なくないと思うので、財布もいらないという人もいるかもしれません。

そういった状態が、普段の持ち物だとしますね。

外出中、何かの待ち時間で時間ができたときに何をするでしょうか。

ほぼほぼ「スマホで何かをする」ではないでしょうか。

ただ、これはミニマリストでなくても現代人はほとんど同じ行動をとるかと思います。

では、スマホで何かをする以外に、何か考えつきますか?

読書?

読書もスマホの中に本が入っているからスマホで読みます(本やマンガはスマホに集約)。

ゲーム?

ゲームもスマホに入ってるからスマホでゲームします(ゲームはスマホに集約)。

仕事や家のタスク、予定や何か浮かんだアイディアなど、ノートに書きだしてみますか?

いや、スマホにメモ帳機能入ってます。スマホでデジタル入力します(メモ帳はスマホに集約)。

なんでもスマホで出来てしまう状況であるが故に、スマホしか使わないという環境である、という。

ミニマリスト思考でモノが「財布・カギ・スマホ」しかなくなれば、それはもうスマホしか見ない状況になってしまいますよね。

そこに本があれば、スマホでなく本を読むという選択肢がでてくるでしょうし、メモ帳とペンを持ち歩いていれば、スマホに打ち込むではなく「書く」という選択肢がでてくるでしょう。

ミニマリストというのは、こんなかんじの「面倒くさいこと」もしくは「持っているのが面倒くさいもの」をすべてぶん投げてしまうことでもあると思うのです。

最初に、スマホ依存は現代病で、ミニマリストに関わらず多くの人がなっていると書きました。

だけど、ミニマリストの選択肢として、例えばスマホを持たずに財布とカギだけ持つ、という方法だってあると思います。便利だからスマホの方を選んでいるのであって、支払いをスマホでしなければいけないというわけではない。電話やメールだって、数時間スマホを持っていなくても帰宅後に確認して返信したらいいだけだ、と考えることもできます。

要は、ミニマリストにスマホを手放すという選択肢はなく、持ち物として必須なのです。

スマホだけは手放せない。つまり、スマホに依存せざるを得ません。

スマホ依存について考える

改めて、スマホ依存とは何か?についてAIさんに聞いてみました。

スマホ依存

スマホ依存とは、スマートフォンを常に使用していたり、操作していないと落ち着かなかったり、やめられなくなってしまう状態を指します。
スマホ依存の症状には、次のようなものがあります。

  • スマホを肌身離さず持っている
  • 常にスマホを見ていて、やるべきことに集中できない
  • 寝る前にもスマホを見続けて寝不足が続く
  • スマホを使っていたらいつの間にか何時間も過ぎていた

冒頭にも書きましたが、わたしもある種ある段階の「スマホ依存」の傾向があることを自覚しています。

暇ができると触ってしまったり、ゲームが好きなのでゲームで長い時間を費やしてしまったりします。

スマホ依存は薬物中毒に似ていると思う

少しでも時間があるとスマホを触ってしまう。見なきゃいけないわけではないのに、勝手に手がスマホへ伸びる。

それはどうやら「ドーパミン」という情報伝達物質の一種だというコイツのせいなのだそう。

ドーパミンとは

脳内で報酬系の神経伝達物質として働き、快感や多幸感、意欲、運動調節などに関与する脳内ホルモンです。快楽物質とも呼ばれます。楽しいことをしている時や目標を達成したとき、褒められたときなどに分泌されます。ある行為でドーパミンが放出されて快感を得ると、脳がそれを学習して、再びその行為をしたくなります。

いつものようにAIさんに聞いてみましたが、おそろしっ!ドーパミンの説明を読んでみると、恐ろしいことが書いてあることがわかります。

そして、こうも言っています。

一方、アルコールや麻薬、覚せい剤などの依存を形成する薬物の多くはドパミンを活発にする作用があり、そのために報酬系が活性化するので、これらの薬物を使用すると快感をもたらすと考えられています。

例えば、スマホがくれる快楽とはこんなかんじでしょうか。

  • 自分が何もしなくても、スマホで容易に情報を得られる。
  • 自分がそこに行かなくても、スマホで通信しっぱなしでリアルタイムで友達と交流ができる。
  • 努力しなくても、すぐにスマホで検索して知りたいことを知れる。
  • 時間をかけて遠くに行かなくても、動画やSNSの写真などで素敵な光景を見れる。
  • 「何時に始まる」など時間を気にせず、いつでも見たい動画や配信サービスを利用できる。

スマホ中毒と薬物中毒が似通っているなと思うのは、それらによってすぐに報酬を得ることができ、すぐに繰り返ししたくなる。こんなかんじのサイクルが似ているなと思うのです。

スマホは自分に「快楽をくれる」と無意識に刷り込まれ、時間ができればすぐそこにある「快楽をくれるもの」に無意識に手が伸びるのです。そしてさらに期待を上回る快楽を期待し、繰り返して求めることを止められなくなる。

・・・薬物中毒と似ていませんか?

これがもう、現実世界よりもスマホの中の世界の方が優先になってしまったり、もっというと現実なのかそうでないのかの判断がつかなくなってしまうくらいどっぷり浸かってしまっているようなら、大げさではなく対策を考えなければなりません。

自分自身に対しても、ある種の警告として書いている部分があります。

スマホ依存による健康被害

まず、健康に対して与える影響についてまとめてみます。

  • スマホ脳疲労
  • スマホ老眼
  • 手指や手首の腱鞘炎、小指の変形
  • ドライアイ
  • ブルーライトによる体内時計の変化と睡眠障害
  • 肩こり、頭痛、血行不良
  • ストレートネック

これらはもう、健康的に危険でしょう。しかも若いうちから症状が出たりしてるような子は、将来に向かってどんな風になっていってしまうの?と、心配になります。

しかも、全部老化にもつながるような症状でもありますよね。

40代の私にとっては、考えを改めさせてくれる大きな理由となります。

精神にあたえる影響

  • 記憶力、集中力、注意力の低下
    • 常にチェックできる状態にないと不安になったり、パニックになったり
    • 通知が気になったり、通知が鳴っていないのに「鳴った」と思いこんだり
    • 膨大な情報量を脳が処理しきれなくてオーバーフロー状態に(健康面のスマホ脳疲労にもつながる)
  • SNSなどの使用で比較グセや自己肯定感が低くなりやすい
    • 他人からどう思われているかを気にする
    • 数字が自分の価値であると勘違いする

ちなみに私はあるとき、いよいよSNSに嫌気がさしたことがあって、数年前にfacebookのみアカウントを完全削除して辞めました。XとInstagramは残っていますが、投稿もしないしたまにしか見ないようになったので完全にSNS断ちはしていませんが、一時期よりめっきり見なくなりました。

SNSを見ないと、本当に精神が安定するなぁと実感できました。本人がそんなつもりはなくても、いいねボタンの数やフォロワーの数で自分の価値を無意識に決めつけてしまうような、そんな世の中であるが故に「自分はこれしかつながりがないのか」とSNS上のスタンダードと自分の数字を比べてしまったりするんですよね。

友達の中には、まったくSNSをしないという人もいます。その子曰く「自分が今何してるとかを、みんなが見られるって怖くない!?」だそうです。

そのとおり!自分が何してようが、人にひけらかす必要って確かにないよね。

自由な時間を手に入れて、心の豊かさを得るためには

スマホに依存したら、生活がシンプルになるどころか複雑になります。

自由な時間ができたところに、スマホによる大量の情報にアクセスすることが中毒的なクセとなり、情報に時間が支配されます。

大自然の中で、「あ~、空気が気持ちいい!」「川が澄んでる!」「鳥のさえずりが心地いい!」と感じられるところに、スマホを手に持っていることですぐさま写真をとったり、SNSに投稿したり、という行動になってしまったら、これは心が豊かだと言えるでしょうか。

すぐにスマホで写真を撮るその前に、その目で大自然を一度じっくり時間をかけて見てみる。澄んだ川を見る。目を閉じて鳥のさえずりに耳を澄ませる。

すぐにSNSにあげて他人に見てもらうことを考えるのではなく、自分がまずどう感じるのかを優先する。

スマホ依存という状態は、自由な時間を贅沢に使うということとかけ離れてしまうような、そんな気がします。

時間ができたときは、スマホからの特に必要ではない情報で時間を埋める(暇をつぶす)のではなく、もっと違った過ごし方に目を向けるべきなのではないかなぁ、と。

時間とは本来、貴重なものであるはずです。

生きているだけで、必ず1日24時間が公平に分配されるものであり、貯蔵性や交換性がなく、希少な資源です。

今こそ、脱スマホ計画は必須

  • 他人に関心を向けなくなる=スマホの画面の中ばかりに関心が向く
  • 他人に興味を持たなくなっていく

昔よりも、人とのつながりが薄れてしまった原因のひとつはスマホだと思います。

そればかりか、スマホによって自分自身の健康や精神に大きな影響を与え、大事な時間を無駄にしながら人生を終えることになるかもしれない。

私は、脱スマホ計画を今後の将来の自分のために考えていきたいと思います。

そのためにはまず、持ち物の考え方に立ち戻ります。

ミニマリストの考え方は取り入れる程度に

「とりあえず私なりの」ということになりますが、スマホ依存にならずに自分に合った持ち物と持ち方というのを考えてみました。

  • バッグは小さいものにこだわらない
  • 何でもスマホに一元化するのをやめる
    • 手帳機能を兼ねたメモ帳とペンを持ち歩く
    • 本を一冊持ち歩く
  • スマホの画面を開かなくても済む方法
    • Apple Watchの活用(通知は最低限に設定)

スマホを開かなくても空いた時間を過ごす方法を予め自分で用意しておきます。

どこかへ出かける時、友達と待ち合わせる時。

必ず発生する空き時間を予想し、「スマホを開くんじゃなくて○○をする」と決め、そのためのものを外出時にバッグに入れていくようにします。

そうすると、ミニマルなバッグじゃおさまりません。

それに、両手も空けておきたいです。

早速この記事を書きながら、Apple Watchを購入しました。

その活用方法とルールについて、方針が決まり次第、次の記事にまとめていきたいと思います。

Apple Watch中毒になってしまったら意味がないので、そうならないようにルール決めやチョイスをしていくつもりです。

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