華族制度の終わり
1945年の敗戦後、日本は新しい憲法を制定します。1947年施行の日本国憲法第14条は「法の下の平等」を定め、華族という特権的身分制度そのものを廃止しました。1869年に生まれ、1884年の華族令で公・侯・伯・子・男の五爵として整えられたこの制度は、ここでその歴史に幕を下ろします。
五摂家をはじめとする旧公家たちは、これによって法律上の特別な身分を失いました。飛鳥時代の中臣鎌足から始まり、摂関政治、五摂家分立、公家としての存続、華族としての近代化 ― 1300年近く形を変えながら続いてきた「制度としての藤原家」は、ここで正式に終わりを迎えたことになります。
それでも消えなかったもの
制度が終わっても、血脈と文化は途切れませんでした。旧五摂家の子孫たちは現在も、神道・学術・文化財保護などの分野で、それぞれの家に伝わる伝統を継承する立場にあります。近衛家が設立した陽明文庫のように、一族に伝わる千年分の記録を今に伝える取り組みも続いています。
そして何より、藤原家の「本当の続き」は、こうした名家の子孫だけの話ではありません。以前お話しした通り、斎藤・佐藤・伊藤・加藤・後藤・近藤・遠藤・工藤・内藤といった「◯藤」姓を持つ、一説には1000万人を超えるともいわれる現代の人々こそが、藤原一族が1300年かけて広がっていった末端の姿です。今この記事を読んでいるあなたも含めて。

物語が始まった場所に、今も神様がいる
このシリーズの最後に、ぜひ紹介したい場所があります。奈良市にある春日大社です。768年に創建されたこの神社は、藤原氏の氏神(うじがみ、一族の守り神)として建てられました。神社の創建は鎌足の死後ですが、祀られているのは、鎌足が「藤原」を名乗るよりもずっと前から続く、一族のルーツの神様なのです。
摂関政治の全盛も、五摂家の分裂も、応仁の乱の混乱も、秀吉の関白就任も、近衛文麿の悲劇も ― 創建から1200年以上、春日大社はそのすべてを見届けてきました。1998年には世界遺産にも登録され、今も奈良で参拝することができます。京都には分霊を祀る大原野神社もあり、藤原氏ゆかりの地として、こちらも訪れる価値があります。
フェーズ6・シリーズ全体のまとめ
- 1947年、日本国憲法の施行により華族制度が廃止され、藤原家の「制度としての特権」はここで終わった
- しかし血脈と文化は途切れず、旧五摂家の子孫や、無数の「◯藤」姓を持つ人々の中に、藤原氏の遺産は生き続けている
- 藤原氏の氏神を祀る春日大社は、768年の創建以来、一族の歴史を見守り続けている
中臣鎌足のクーデターから始まり、外戚政治の確立、五摂家への分裂、公家としての耐久、近代への転換、そして制度の終焉まで ― 1300年を超えるこの一族の物語は、政治の頂点と没落を何度も繰り返しながら、最終的には「名字」という形で、今も私たちの中に息づいています。

